2010年2月4日木曜日

『建築をめぐる22の寓話』トピック08


ヤンタンとオールナイトニッポン


女子中学生を中心にラジオ復権の兆しがあるとのニュースを最近読んだ。

ラジオ女子と呼ばれているらしい。彼女らは好きなタレントを追っかける過程でラジオメディアに引っかかっているらしい。


ぼくが中高生の頃、深夜ラジオ番組は全盛期だった。関西ではヤンタン、ヤンリク、ブンブンリクエストなどが全盛で、パーソナリティによるトークがメインだった。ご多分に漏れず僕も毎晩聞いていた。深夜、勉強しながら聞くので「ながら族」などと呼ばれたものだった。番組にハガキによるリクエストを送ったり、ナマで電話出演したりするコーナーがあって、ハガキ等はいつも読んでもらえる常連が多くいた。読んでもらえるようにペンネームに凝ったり、おもしろネタを考えたりしたものだ。


ラジオは、今で言う双方向メディアというよりは、パーソナリティと1対1の関係性があって、その他のリスナーはそれを隠れ聞く(覗き見る)感じがとても良かったと思う。どきどきワクワク感がリアルだった。


そういった意味では今のラジオ女子は一過性の現象かも知れない。


青春という恥ずかしい時期を悩んだり笑ったりしながら共有できるラジオは、いつの時代にも受け入れられる十代の受け皿に、最適なメディアの気がするのだが、インターネットがそれに変わったのだろうか?


KBS京都の「ヤングテレホンQ&A」は、今思えばすごい番組だった。日曜日のお昼に生放送で電話で若者の相談を受けるんだけど、恋愛や進路にはじまって、近親相姦、自殺など重たい相談を兵藤ゆきがばんばん答えていく番組だった。その番組で兵藤ゆきこと‘ゆきネエ’を知ったんだけれど、いや、実際にテレビで見た時のショックは大きかったです。


ポッドキャスト(Podcast)などによるインターネット系ラジオがメディアとしてひとつの存在になりつつあるけど、ラジオと名付けるにはすこし抵抗感があるのはそういった世代のせいかもしれない。



文責:筑波幸一郎


2010年2月3日水曜日

『建築をめぐる22の寓話』トピック07


荒俣宏と茂木健一郎と五十嵐太郎



2月になった。

企画展『建築をめぐる22の寓話』までカウントダウンが始まる。


-----------------------------


僕だけかも知れないけれど、よく似た雰囲気をもつ人をグルーピングして認知する癖がある。

その「よく似た雰囲気」というのが理解してもらえる場合もあれば、まったく同意を得ることができないこともあり、多分に後者が多い。

で、よく勘違いしたり、相違の理解をしたりして迷惑をかけることになる。


それはビジュアルであればまだマシなのだけれど、字面だけで理解している時などはおおいなる勘違いが続く。

建築家で言えば、石井修、石山修武、石井和紘など、ぱっと見て間違っている時があるし、女性タレントなんかだと水野真紀、水野美紀、坂井真紀、酒井美紀もわかりにくい。

一度、勘違いするとなかなか訂正が効かない。


-----------------------------


印象、イメージで言えば荒俣宏と茂木健一郎と五十嵐太郎。

難解なものごとを紐解いていく、わかりにくい世界を解りやすくしている。一家言ありのイメージか。。。。


実はイメージの話をしたいわけではない。具体的な話はトークライブにて。。。。




文責:筑波幸一郎-02090


2010年1月30日土曜日

『建築をめぐる22の寓話』トピック06


エヴァよりイデよりマジンガーZ


生活の中でデジタルコピーが安易に出来るようになって、結果、つくりだされるモノが洗練さをまといながら、その意味や重さ・実体感が希薄になってきたように思う。


オリジナルの持つ強烈さは、その洗練さとともに失われていくのだけれど、遺伝子がくりかえしくりかえし複製されていく中で突然変異が起こるが如く、オリジナル以上の強烈さを放つ「何か」を持った作品が生まれてくる時がある。「何が」そうさせるのかはさまざまな見方があるだろうけれど、パイオニア以降に求められるのはそういった「何か」ではないか。


たとえば、人が乗り込んで操るロボットが主人公のアニメ。その作品はあまたあるけれど、おそらく原点、パイオニア的な存在は永井豪原作の『マジンガーZ』だと思う。その後、勧善懲悪的なロボットアニメ作品がたくさん花開いて、やがて富野由悠季(喜幸)作品の『機動戦士ガンダム』が現実社会の戦争というテーマを巧みに取込みながら、どちらかというと勧善懲悪ではない新たな人間ドラマへと展開していった。そして、最近で言えば(と言っても15年前の作品だけれど)庵野秀明作品の『新世紀エヴァンゲリオン』が人間の内面の葛藤、不可侵の宗教感を背景にした物語を描き、現在に至っている。


-----------------------------


で、もうひとつはオリジナルへの回帰がある。それは閉塞する現況を打破するため、あえて原点へ立ち戻ることを意味する。


山田洋次監督の最新作『おとうと』は『男はつらいよ』第1作とほぼ同じシノプシスだ。違うのは兄と妹が姉と弟となっていることと、弟が死んでしまうところにある。家族・人情を描くためのオリジナル回帰の作品だと感じている。ただこれは原点へ立ち返る行為なのか、ただ単に粗悪なコピーで終わるのか、とても難しい手法だと思う。


建築というジャンルを見渡して、今、例えて言えば、こぼれた水のようにひろがっていく感のある状況を、僕自身はあまり心地良く思っていない。

デジタルコピーの、素数や要素を条件として明示し、アッセンブルする手法だけでつくられる作品には中見が見えないからだ。


突然変異か、原点回帰かを希求する環境になっていると考えている。



文責:筑波幸一郎-02003


2010年1月29日金曜日

『建築をめぐる22の寓話』トピック05


やっちゃった感


ある建築家から私に向けられた言葉である。


私自身が建築を「つくること」に飢えているが故に、生み出す建築に自分の過去をトレースするように盛り込んでいく。そうすることで饒舌になっていく私の姿、あるいは私の生み出す建築に警笛を鳴らしてくれたのだ。


建築は場当たり的な手法にとらわれず、今の時代今の社会にどう関わりどう広がっていく可能性があるのか。これを真摯に考えて取組んでいかなければ、自身が時代に消費されていくのだと気づかされたエピソードだ。

-----------------------------

思い返してみれば、建築を目指し始めたあの頃から「建築に何が可能か」なんて考えながら、卒業設計やコンペに取組み、務める事務所の仕事に恣意性や施主性の高さを感じれば「なんでその形なのか」「理不尽に迎合するな」と反論し、自分なりに「建築はこうである」のようなことを考えていた。


いざ、今の自分を振り返ってみれば、経済という大きな力に負けそうになり、施主というありがたき存在に負けそうになっている自分を見つけることができる。それでも建築に真摯に向かい合っていることは確かなのだが、建築を哲学することが少なくなってきていることも事実だ。


「やっちゃった感」


この言葉を、新しい価値基準として建築を哲学し、建築の可能性について議論してみるのも面白いかもしれない。(まず、それを議論できる仲間がいるかどうかだが)

-----------------------------

使用例:とある見学会にて

あ~ぁ、やっちゃったねぇそのディテール。それをする事でどんな意味があるの?どこに可能性があるのかなぁ・・・?(さあ、あなたならどう答える?)



文責:進藤勝之-01963



2010年1月28日木曜日

『建築をめぐる22の寓話』トピック04


石川遼のいない建築界



弱冠18歳の若さで2009年のプロゴルフ賞金王に輝いた石川遼くん。数々の最年少記録を塗り替え、賞を総なめにしたのは記憶に新しい。以前から現役選手の中ではメディアへの露出度が圧倒的に多く知名度があったが、ここにきて名実ともにトップに立った。



華やかなウェアに身を包み、果敢に攻めるプレーで観客を魅了する。「ハニカミ王子」といわれた笑顔は爽やかで、記者への受け答えも謙虚で好印象。見て楽しませ、心に言葉が響く。国民的スターだ。



減少傾向にあったゴルフファンやゴルファー人口が、遼くんや女性プロの影響でふたたび増加していて、業界は活気づいている。子供ゴルフスクールの希望者も増えているらしい。親バカだと言われても子を持つ親としては、遼くんに重ね合わせて期待する気持ちがよく分かる。



建築家にも、魅力ある人はいる。奇抜だがセンスの良い服を着ている者もいる。イケメンもいる。しゃべりが上手で面白いヤツもいる。でも、残念ながら建築界にそこまでの活気はない。



なにが違うのか?

ゴルフをはじめスポーツは娯楽性が高く、興味を持つ人が多い。スターが出やすい環境にある。さいわい建築も奥深くて面白い。でも、それがうまく伝わっていないのが現状だ。



まずは簡単な言葉で語ろう。そして裾野を広げよう。そうすれば、興味を抱く人が増え、より活気づくはずだ。その環境が整って初めて、遼くんのようなスターが生まれるのかもしれない。建築界はその可能性を秘めている。



文責:中澤博史-1945



2010年1月27日水曜日

『建築をめぐる22の寓話』トピック03


師匠ー師弟論


私は学生から建築一筋ということではなく、全く違う世界から「建築」に宇宙人のごとくやってきました。

もとの世界は「映像」という世界です。18歳で訳も分からずその世界に飛び込んだ為、今でいう「就活」すら経験せずとりあえず「働かしてくれ~」状態でした。

業界用語の欠片も知らず身寄りのないこんな僕でしたが、心温かい人たちに支えられて少しづつ仕事にありつけていきました。

別に会社に属していませんでしたので、フリーの助監督のI先輩に大変かわいがってもらっていました。それこそまるで家族のようでした。


しかし、そこでの先輩との関係はあくまで「先輩-後輩」であり、兄さんのように慕っていたのです。訳があって映像の世界から、こちら(建築)の世界にやってきた時に設計事務所では所長のことを「先生」と呼ぶのでした。


初めはなんだか違和感がありましたね。

初めの事務所ではそう感じていました。


その後、その事務所をやめてなんとなく独立っぽくなっていた時に建築家のI先生との出会いと交流があり、そのアトリエの仕事を手伝うことになりました。


しかし、アトリエに入所ではなく、あくまで「助っ人」としてです。設計と現場監理までさせてもらい2年間ほど御世話になりました。

そこでのI先生との遣り取りは私の思いの強さだけかもしれませんが、「先生」と呼んで(I先生はさんでよいと言っていたが)、ある意味「師匠―師弟」の関係であった思います。しかし、このことは本当に気持ちのいいことで今でも大切にしていることです。


じゃあ独立する前、師匠がいないと困るのかといえば全くそんなことはないと言えます。だって会社でも尊敬する人が何人かはいるでしょう?(私は勤めていないので分かりませんが…)


やさしいだけじゃなく本当に尊敬できる人。


そのことが分かっていれば、なんてことない話ではないでしょうか。

また作風ということもありますが、そんなんどこかが似ていて当たり前だと思うし、それより師匠の何を「受け継ぐ」かの方が大事ですよね。絶対に弟子は師匠と同じにはなれないと思います。当然、自分の可能性にチャレンジするでしょう。


まあ、事務所によって違うかもしれませんけど。だから今から「心の師匠」を創ればいいのです。そういうことで安心あんしん。



文責:牧野高尚-01913


2010年1月26日火曜日

『建築をめぐる22の寓話』トピック02


勝手メディアの行きつく先は

私の勝手メディアとの出会いは、7.8年前。

ぽむ企画の「GA JAPANかんそう」や「建築家トーナメント」など「建築で遊ぶ」という趣向のものだった。ちょうど自身が社会に出て現実の仕事の中、建築で遊べなくなったころだ。そこには、ツイッターのような参加型の双方向なやりとりはないが、個人的には楽しかった記憶がある。

昨年の4月、建築学会の会報誌「建築雑誌」で「勝手メディアの台頭」という特集が組まれた。音声や動画メディアなどで建築を伝える新しい方法が、社会との接点を構築する可能性を秘めている。そのことが、特集となった理由だろう。メディアを使いながら、議論する環境または場をつくっているこの状況は、社会へ接続することへの「飢え」だとも考えられる。

戦後日本建築の歴史が、社会との関わりの歴史だとすると、このムーブメントも建築の歴史の中で1ページとして残る出来事なのかも知れない。

このムーブメントに積極的に参加していこうとする人、拒絶する人、黙って眺めている人、また新たにルールをつくり仕掛けていこうとする人・・・・。

厳しい淘汰の中で、残っていくのは「コトバ」なのかそれとも「モノ」なのか。

みんな同じに見えると言われる今の状況で、それぞれの立ち振る舞いで差異が表れてくるのではないか。そんな気がしている。

まさしく、「建築をめぐる22の寓話」も勝手メディア。
まずは「建築で遊ぶ」ことからはじめよう。


文責:森本雅史−01878