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2012年4月20日金曜日

三好誠人展を終えて-謝辞


WEARAWARE 気づきを着る〜三好誠人展 終了

謝 辞

 多くの方に、目の前で自分の話に耳を傾けて頂けることが何と幸せなことなのか、この度のトークイベントにて強く実感致しました。奥ゆかしさをわきまえてきたと言えば聞こえが良いですが、自分が前面に出るトークイベントなど考えもせずにおりました。しかし今回、会場におこしのみなさまと、生(ライブ)のコミュニケーションならではの血の通った、色艶のある会話を体感することができ、これからの情報発信の手法について、大いに得るところがありました。より強く社会とかかわりを持てる活動を目指していきたいと思います。
 また、この度の展示会は、身の回りを整理するのにも大いに役立ちました。いやいやもちろん人間関係ではなく、溜まりに溜まった資料の話です。今まで具体的な目的もさして無いまま何となく保管しておいたスケッチを、この度の展示会を良い機会として、人に見せられるものと、そうでないものとに仕分けを致しました。そしてお見せするに値しないと思ったものは、全て破棄しました。この先もきっと無いでしょうからね!スリムになった書棚や図面庫を前に、心機一転、新たな創作を加えていきたいと思います。
 次回、どんな形で皆様に再びご披露出来るかわかりません。そもそも人にお見せするために創作をする訳ではないですが、こんなのどおっ? あるいは、こんなんもアリちゃうん?などなど、自身が気づいたことを皆さんに、生で!知ってもらいたくなるような気がします。一度味をしめると、欲がでるものですね。トークイベントで指摘を受けましたように、「憤り」が創作のエネルギーなのは認めますが、それに新たに適量の「欲」を加えてみようかと思います。
ご期待下さいませ!

 最後に、この度の展示会を企画頂いたSCMAの皆様、アリアフィーナのスタッフの皆様、そしてご高覧頂いた全ての方に、心より感謝申し上げます。ありがとうございました。

三好誠人
文責:SCMA 10881

2012年4月19日木曜日

WEARAWARE 気づきを着る〜いきいきとした場


WEARAWARE 気づきを着る〜三好誠人展 終了


無事に三好誠人展を終えることが出来ました。ご来場頂いた方々、そして三好さんに心よりお礼申し上げます。
当日は展示のみからでは伝わらないであろうお話しがトークライブでは聞けました。内容は後日発行されるアーカイブに譲るとして、当日のトークライブではいきいきとした場がありました。この空気感を今後の活動にも確かに盛り込んでいくことで私たちの発信がゆるやかに発展していくような気がしました。
やはり三好さんの話から伝わるのは、まずはその事が「好き」であることが大切ということ。そして少しずつでも行動に移すということ。そして自分以外の他者を巻き込むということ。その事で緩やかに自分と他者み「気づき」という衣をまとわせてくれるのだということを私は理解しました。
服飾という事で、それに袖を通し、触れてみて着てみることを体験するオーディエンスを見て、ファッションってとてもアクティブな行動や状態を引き起こすものなのだなと私自身のファッションに対する見方が変わりました。


最後に、ここで展示という一つの静止した状態の三好イズムをビジュアルで残すために少ないですが展示の写真を掲載します。




文責:進藤勝之 10872









WEARAWARE http://www.wearaware.com/index.html

2012年4月18日水曜日

三好誠人展を終えて-職能領域の可能性

WEARAWARE 気づきを着る〜三好誠人展 終了


中澤さんも書いてあるように、今回の会場は華やかだ。御堂筋ショールームから移転しての第一弾でしたので、会場がいままでと違う雰囲気だったということもあったかもしれません。また展示に服飾があったこともあるでしょう。いつものイベントと違い建築系以外のオーディエンスもたくさん参加して頂いており、真新しいアリアフィーナSRに心地よい華やかさと緊張感が漂っていました。


当日イベントはやはり面白かった!やっぱり三好さんは引き出しが多いし、ファッションから建築をみたり、またその逆もしかり・・・。展示に関して服飾はリアルに試着できたりして体感できるし、それに呼応してディスカッションも盛り上がりました。


 その中でも特にファッションデザイン学生の質問がすごく印象に残っています。「建築の「構築性」がファッションデザインにも表れているのでは・・・。」領域を跨いで新しい価値をつくりあげていく三好誠人。そんな「人」が浮かび上がった面白いイベントでした。


 次回以降も建築以外のフィールドから、SCMAイベントに来て頂きたいと思います。面白いゲストを呼んできますのでご期待下さい。


文責:牧野高尚 10838

2012年4月17日火曜日

三好誠人展を終えて-建築と服飾の差異

WEARAWARE 気づきを着る〜三好誠人展 終了

いままでのトークイベントとは、明らかに客層が違う。
イベントが始まる前、集まる参加者を見てそう思った。
女性の参加者が過去のイベントより多いこともあるが、それよりも、わずか数名の服飾系と思われる学生の姿が、会場に華やかな印象をもたらしていた。

主役の三好さんが活動するのは、建築と服飾の二つの領域。
参加された多くの方がそのどちらか一方に属していると思われるが、どちらの発想もクリエイターにとっては関心をもつ対象になりえることが興味深い。

懇親会で服飾系の学生達と話をする機会があった。
みな、自分の将来について明確なビジョンをもっている。
既に自分のブランドを持っているものもいた。
同時期の建築系の学生には、ここまで明確な者は少ないように思う。

建築は、相手がいて成り立つ部分がある。
しかし服飾は、見えない相手はいるかもしれないが、基本的には自分で成立させていくこともできる。
その差異が、学生時代から将来の見通しを立てることにも現れているような気がする。

三好さんの提唱するイクオリティーデザインは、さまざまな差異を等価に扱うものだと理解している。
建築と服飾の差異も等価に扱っているから、二足のわらじを履いているように見えているだけかも知れない。


文責:中澤博史 10826

2012年4月16日月曜日

三好誠人展を終えて

WEARAWARE 気づきを着る〜三好誠人展 終了


今回の企画展のクライマックスである13日のトークイベントでは、建築に関わりながらも、建築以外の、服飾デザインやドバトの研究など、意外な活動をおこなっている三好誠人氏の示唆に飛んださまざまな話がとても面白く、来場して頂いた方々もいろんな意味で楽しんで頂けたかなと思っています。
こういったトークイベントにありがちな不完全燃焼感も、イベント後の懇親会での、三好氏を囲んださらなる歓談やブランド作品の試着などで大いに盛り上がりました。
本当にたくさんのご来場ありがとうございました。次回以降の企画も是非お楽しみにしておいてください。

文責:筑波幸一郎 10802

2012年4月8日日曜日

『気づきを着る〜三好誠人展』ー作品展

作品展がはじまります。

ブログにて告知してきた
『WEARAWEARE』気づきを着る 〜 三好誠人展

富士工業グループ大阪ショールームにて、いよいよ作品展が始まります。
準備も写真のように整いました。















期間は4月10日(火)から14日(土)まで。
この作品展を見て、トークイベントに参加していろいろと気づきを得てもらいたいと思っています。

文責:筑波幸一郎
詳しくは大阪建築情報発信局まで!
http://www.eonet.ne.jp/~oia/

2012年4月6日金曜日

『気づきを着る〜三好誠人展』ー職能領域の可能性


WEARAWARE 『気づきを着る〜三好誠人展』

職能領域の可能性

今回のゲストの三好さんとは建築士会青年委員にて知り合いました。その後、SCMAのイベントにも顔を出して頂いたりして、少しばかりディスカッションもしましたが、三好さんは我々とは少し違う職能領域をお持ちの方で、建築家として、あるいは服飾デザイナーとしての活動が三好誠人氏の仕事とどうリンクし展開していくのか分かりませんでした。
そんな折、SCMAイベントにゲストで来て頂くことになり、かねてから興味のあった職能領域の可能性について尋ねてみたいと思います。たぶん根の部分は「等価なデザイン」であり、(当日に本人から説明を聞くと良く分かる。)建築士、服飾デザイナー、そして専門学校非常勤講師(インテリア)とこの3つの職能領域を持つことの今後の可能性を具体的に紐解きたい。

文責:牧野高尚 10645
詳しくは大阪建築情報発信局まで!
http://www.eonet.ne.jp/~oia/

2012年4月5日木曜日

『気づきを着る〜三好誠人展』ー二足のわらじ


二足のわらじ


三好さんは、全く異なる二つの分野で創作活動をされている。
一つは建築で、もう一つは服飾だ。
建築設計以外に、学校での教鞭や確認検査の検査員を携わる
人は結構いるが、服飾デザインをしている人は珍しい。

私なんかは、器用ではないから建築の設計ですら、
いくつか重なるとあくせくしてしまう。
それが全く違う分野だと多分全くだめだろう。

それを、三好さんはやっている。
発想の原点は、さまざまな事象を等価に取り扱うこと。
建築と服飾の間にも隔たりなく、その二つを等価に
扱われているということか?

建築と服飾という二足のわらじ。
どのように履きこなされているのか、興味深いものがある。


文責:中澤博史 10626

詳しくは大阪建築情報発信局まで!
http://www.eonet.ne.jp/~oia/

2012年4月1日日曜日

『気づきを着る〜三好誠人展』ー創作の原点

WEARAWARE 『気づきを着る〜三好誠人展』

創作の原点

三好誠人さんとはもともとは僕の会社の先輩であり同僚であった。企業に属するインハウスの建築家にも個性強き人は多いが、三好さんは僕の身近に居た才と個の際立ったクリエーターであった。そんな彼が会社を辞めて建築を基軸としながらも、自分自身の創作の原点である服飾デザインの道へ進むという決断を聞いた時の驚きというか衝撃は大きかった。

数年遅れて僕自身も会社を辞して自らの創作の道へと進むことになるのだけれど、会社を辞めるまでの間、会社帰りに三好さんの事務所に立ち寄って、もやもやとした気持ちをよく聞いてもらった懐かしい思い出がある。

今回、SCMA(すきま)の企画展第1回は、そんな個人的なつながりの濃い三好誠人氏をとりあげることにした。作品展として取り上げるのは「建築」ではなく「服飾デザイン」である。それもいわゆるファッションデザインという分野からみればとても特異な立ち位置で活動している三好誠人の「創作の原点」を展示してもらうことにした。

同じものを見ても、ひとによってそれぞれ感じ方や受け止め方が違うように、建築を自身の生業としていても他のひとがどのように感じ、考え、ものづくりへアプローチしているのかを是非感じてもらいたいと思う。特にこれから建築の道へすすもうと考えている学生の人たちや、建築設計というものに対してどう立ち向かえばいいか悩んでいる方には是非見てもらい、トークイベントに参加してもらいたいと思う。

僕自身も、あらためて「創作の原点」について三好さんを通して確かめることができればと今からわくわくしている次第である。

文責:筑波幸一郎 10569

詳しくは大阪建築情報発信局まで!
http://www.eonet.ne.jp/~oia/

2011年11月3日木曜日

建築を楽しいと言えるように

イベントでは、パネリスト5人が建築をあきらめないための活動や考え方を語った。
建築をあきらめないために、深く追求しようとしている者もいたし、幅広く対応しようとしている者もいた。
イベント終了時に書いて頂いたアンケートでも、建築の深さや幅広さを感じたという意見が多くあり、その多様性が上手く伝わっていたのだろう。

活動や考え方のなかには、すぐにでも実践できるものもあれば、立場や環境等の違いから全くあてはまらないものもあったとは思う。
しかし、あきらめない姿勢は、感じてとっていただけたのではないだろうか。
それが自分なりのあきらめない姿勢を見出しすきっかけになったら嬉しく思う。

建築の世界は、いろいろな意味で厳しい。
しかし、それ以上に楽しくもある。
何年後かに会った時に建築を楽しいと言いあえることが、このイベントの真の成功だと思う。

文責:中澤博史

2011年10月31日月曜日

『建築をあきらめない』独立宣言への追記

『建築をあきらめない』を終えて 〜独立宣言への追記〜

今回のイベントで話した僕の独立宣言は『アート(芸術)』を思考しているような誤解を与えたのかなと思う。けれど全く違うということだけは言っておきたい。

アートほど社会性を求めて貪欲に経済を指向しているものない。おおよその人は芸術は抽象的な存在、純粋な芸術家の想いの発露と思っているかもしれないが、まったく逆だ。そう考えていたり感じたりしている人は、アートが経済とコミットし社会的地位を向上させようと企んでいる歴史とその姿勢をもっと認識すべきだと思う。
いやらしいことに今流行りの建築思考も、同様のアートの香りをほのかにさせた作家姿勢のものが多い。嘆かわし状況だ。

「だまされるな」と言いたい。

僕はバーチャルなネットワークなどがつくり出す建築に未来などはありえると考えていないし、そんなものがあってはならないと思っている。そんなものにどんな可能性があるなというのか

冗談のように発言した『今までの歴史をつくった建築家が悪であり、それを叩きのめしたい』というのは本気である。これからつくる建築に対して『経済とコミット』するなんてさらさらないし、そもそもそれが今の諸悪の根源だと考えている。

「ではどんな建築を指向しているのか」って?

それは今の段階では、僕自身への絶対的な命題、使命だと考えている。正直に言えばものすごく選択肢や可能性を狭めて己自身を追い詰めているのだけれど、5年後にもう一度、お会いできる機会をつくり、途中経過かもしれないが『結果』で示したいと思っている。


文責:筑波幸一郎

2011年10月26日水曜日

「あきらめない」

今回のタイトルは「建築をあきらめない」だ。
簡単に成功や獲得できそうなもののことをいうときに「あきらめない」という表現は使わない。
既に成功や獲得できたものをいうときにも使わない。
容易には手が届かないけど、頑張ったら手が届く可能性がある場合に努力することが「あきらめない」なんだと思う。

5人のパネリストはみな建築の世界で生きている。
そういう意味では、既に手が届いている状態だといえる。
では、何に手を届かせることが難しく、「あきらめない」のか?
雑誌に掲載されるような作品を創造することなのかもしれないし、建築をつづけることなのかもしれない。
5人それぞれで、違うと思う。

失恋したときや受験で不合格だったときなど、人生にはあきらめないといけないことが多くある。
あきらめが肝心なんていう言葉もあり、そこに執着しすぎるのは良くない。
でも、まだダメだという結果がでていないのなら、立ち向かわないと道は開けない。
そのためには「あきらめない」が必要だ。

文責 中澤博史 - 9151 -

2011年10月23日日曜日

『建築をあきらめない』建築することの魅力

自分を建築設計へとつき動かしている『もの』は何だろう。


嫉妬や苛立ち、目に見えない屈辱感や焦燥感・・・・、ふりかえってみると創作の原動力はいつもそんな負の力が大きい。それはまだ自分が納得する『こと』が出来ていないからだ。僕はまだ建築において『こと』を成し遂げていない。


だから、建築における僕自身の身の回りに起こっている『こと』について、とても鈍臭い状況ながらも、まずは否定し、拒絶し、非難してみる。してみると言ったけれど、ほとんどが本能に近い感覚で、いつもその存在を受け入れようとしない。


それは無視することではなくて、自白すれば、絶対的な知識量がない分、おそらく他人の何倍もの労力を使って、使えない脳みそをフル回転させて、理解しようと努力する。その結果はいつもそれが自分の求めている『こと』でないことに気がつく。


最近はそういう自慰的な行為が自分自身を辟易させて始めているのだけれど、あわせてどんどんと先鋭化してきている感覚が生まれてきていて、朧げながらも建築設計へとつき動かしている『もの』が、創作という欲望だということに気がつき始めた。


なんという面倒くさい道を選んだのだろうと思う。


いろんな後悔が積み重なっているけれど、最近では、それは必要な時間を過ごしたに過ぎないと過信することにしている。


『建築をあきらめない』ということで語り合うと聞いたとき、ものすごい直球なテーマだと、正直、重いなあと感じたけれど、それは最初の『建築をめぐる22の寓話』というテーマで御為倒しを言ってごまかすことで納得しようとしていた自分への戒めと、再度、考える場を与えてくれた機会であるという気がした。


今の僕自身にとって、あらためて贖罪する場を与えてもらった気がしていて、建築をあきらめないという『こと』を語ることによって、建築において成し遂げていない『こと』を浮き彫りにできたらなと考えている。

文責:筑波幸一郎 - 9055 -

2011年5月27日金曜日

目標を設定すること

「拝啓 十年後のあなたへ」のイベントが終了して1週間が経つ。企画展では、10年後も建築業界で活動するための「カギ(鍵)」となる手法を視覚的な形で展示し、茶話会でその可能性を語り合った。

その茶話会でのこと、僕を含めた5人全員が展示作品を搬入当日の朝まで作業をしていた、と打ち明けた。「腑に落ちない部分を解決しようとしていた」とか「思っていたより時間がかかった」と…。より良くするため模索していたという言い訳だけど、不思議なことに追い詰められないと良いアイデアが思い浮かばない。あまり大きな声では言えないけれども、仕事の時も同様だ。だから、いつも時間ギリギリになってしまう。

10年後のことを想像し、それに向かっての目標を定めたところで、それが正しいのかは誰にも分からない。でも、目標を決めずに進むよりかは、たとえそれが間違っていたとしても決めて進むほうが良い気がする。もし、それが間違っていると分かったら、そのとき修正すればよい。大事なことは、それが正しいとか間違っているとかいうことよりも、進むべき目標を定めることにあると思う。

本当は、常日頃からそんな心構えでいることができればいいのだけど、悲しいかな、追い詰められないとなかなか設定できない。今回、イベントがあるということで追い詰められ、目標を設定した。そのことが、自分にとっては一番の収穫だったと思っている。

文責:中澤博史 -8452

2011年5月25日水曜日

「夢を語り可能性を追求する」


今回のSCMAイベントは如何でした?

初めてのUSTREAM配信に挑戦し、各人作品展にも取り組みました。

私の作品「ひまわりくん」は自然の情景を創り出し、そこで振舞う「私」を表現しました。そこに秘められた思いは「過去と未来への可能性」でした。詳しくはUSTREAMを見て下さい。

そこからSCMAのメンバーが試行錯誤し、発信したことはいったい何だったのか。考えてほしい。

最近、税理士の先生と食事をしたとき、考えさせられた瞬間がありました。人生の先輩から出た言葉は「夢を語らないといけない。」この言葉は大切な意味を持つと思います。

過去の自分を振り返り、いったい何を思い何をしようとしたのか。そして今、どこに向かっているのか。夢を真剣に語り、そして可能性に向かって進んでいく。

最後に私自身にとって最も必要で大切なものは「家族」であり、真剣に夢を語れる「仲間」です。これからも試行錯誤しながらSCMAは情報を発信していきます。

ありがとう御座いました。

文責:牧野 高尚

2011年5月23日月曜日

『拝啓 十年後のわたしへ』

拝啓 十年後のわたしへ。


ご無沙汰しています。お元気でしょうか。


十年前のわたしを覚えていますか。

まだ建築設計をしていますか。

妻や娘は元気にしていますか。仲良くしていますか。

両親は無事に暮らしていますか。

十年後のわたしは慎ましやかにしあわせに過ごしていますか。


こちらは大震災の影響で簡単に明るい未来を語れない状況です。

希望は、ひとつひとつ丁寧に、一歩一歩確実に、浮かれず焦らず欲張らず、歩んでいくことが大切だという事に気がついたということです。


今は今日のことしか語れませんが、明日はちょっとだけ希望を含めた未来を語りたいなと考えています。


またお会い出来るその日まで。

敬具


文責:筑波幸一郎 - 8341


2011年5月21日土曜日

「拝啓 十年後のあなたへ」無事終了

5月14日よりアリアフィーナ大阪ショールームで開催しておりました「拝啓 十年後のあなたへ」が20日をもちまして、無事に終了しました。
会期中お越しいただいた方々、ご協力いただいた方々にこの場を借りて厚く御礼申し上げます。

今後もさまざまな企画や情報発信を行う予定ですので、どうか、これからもよろしくお願い申し上げます。

2011年4月24日日曜日

「拝啓、十年後のあなたへ」未来への階段

独立して13年。
夢見ていた建築設計を仕事として、今まではやってこれた。
でも、今後も途切れることなく仕事があるのかと、時々不安になる。
「今までやってこられたのだから今後も大丈夫!」って楽観的に考えようとするけど、でもやっぱり考えてしまうことがある。

プロジェクトでは、施主の要望を満たし、周辺環境を考え、自分なりの目標を設定して建築を造ってきた。そして、それをつづけていくことで、何か大きなテーマが見つけられるような気がしていた。でも、それだと階段を上っているような感覚があまりない。目標に一貫性がないから、一段上がっては下りて、また一段あがる。これの繰り返しなのだ。このことを防ぐには、確立した何か理念のようなものがいるのだと思う。

仕事としてやっていくには、自分の「能力」と「欲求」、「役割」を考えないといけない。
「能力」がなければ仕事ができない。
「欲求」を満たしてくれるものでなければ意欲が沸かない。
「役割」がなければ社会に求められない。
理念は、これら三つを満たしたものである必要があるのだと思う。そして、それに向かって階段を一段ずつでもいいから上がって行く。そうすれば、不安を感じることもなくなるような気がする。

将来の自分がこの階段の数段上にいて、その先にはどんな理念があるのかを想像したい。
イベントでは、それをみんなで共有して明るい未来を描きたいと思っている。

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イベントの詳しい内容、申し込みはこちら

文責:中澤博史 -8037

2011年4月20日水曜日

『拝啓、十年後のあなたへ』本物をめざして

建築がサブカルチャー的に扱われるようになって久しい。

小さな差異をこれでもかというこだわりで見せつけて、そこに過大評価がつけられていく出来レースがおこなわれている。
「いまさら建築なんてもうないさ!」といいながら、袈裟懸けに斬りつける、ひねくれた建築へのスタンスは、いつもイライラする感覚があった。
薄くて軽くて記号的な建築なんてくそくらえだ。

確かに流行言語、メディアの先端を目指す事は、同世代の過当競争を勝ち抜くための便利な手段ではあるけれど、そろそろ本気で本物を生み出さないと、本物の生存競争に生き残れない。
ほんものを知らない世代が生き残れるはずないのだから、老害世代からもっと昔話を聞き出し、醜いくらいに語り部として伝えてもらわなければと思う。

建築設計のつらいところは、つくってなんぼのところがある。

10年後、じぶんがどれだけの建築をつくりだしているかは皆目見当がつかないけれど、乱暴な言い方をすれば、重力に根ざした、重くて存在感のある建築をつくりたい。
その重さ、存在感の中に、どれだけ広大な空間がつくれるかに挑戦し続けたいと思う。


文責:筑波幸一郎 -7943