シンポジウム就職戦線異状なし!「就活目安箱」
ここでは、できる限りの生の声を聞きたいと思います。
コメントは匿名でかまいません。
しかし、悪戯でなく素直で真剣な意見や悩みであって欲しいと思います。
ここでのコメントは当日の私達パネラーの発言として跳ね返ってきます。
「時代」 「具体」 「マインド」
これらをキーワードに学生に知りたい事実を伝えることが出来るでしょう。
そして、相談についてはシンポジウム終了後、このブログの上で私達5人から必ず応えていきたいと思っています。
『就活目安箱』 おおいに書き込んで下さい。
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そして、ここをみんなで共有してください。
2010年9月14日火曜日
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就職活動になって、自分が本当に建築に向いているか悩んでいます。みなさんどうなのでしょうか。
返信削除興味はありますが、人の話を聞いても自分自身の就職がうまくいくわけではないと思います。
返信削除建築設計を目指す者にとったら、どこかに『就職』なんてありえないんじゃないの?
返信削除『就職』するとしたら、それは≪建築≫≪建築設計≫の世界へ就くだけで、属した世界ではないはず。
師匠に付くこと自体も就職ではないしね。
常に『自分の道を極める』『自分が根本』
これすら教える学校の先生も居ないんじゃないの?
SCMAのメンバ-の厳しい発言で、学生の覚悟を
問うイベントにして欲しいものです。
「就職」ではなく「就く」という考え方自体、雇用する側のエゴで私達を都合よく使おうとする姿勢の表れではないのですか。胸を張って「雇用」していると言えますか?私達はそういう意味では選んでいるところもあるんです。
返信削除建築家になりたいという思いはあります。しかし、どうやればなれるのかはわからないです。アトリエ事務所に就職すればなれるというようなモノでないことは百も承知しています。可能性を含めてゼネコンや組織設計事務所に就職の希望をしていますが求人率が低い、というか皆無という状況です。まずは設計ができる場に行きたいと思っています。大学院へ進むのもひとつの道かなとも考えています。実際に自分で設計事務所をされている方はどうやって仕事をとっているのですか?身近にいる設計事務所の所長は下請けの図面を書いたり、専門学校の先生をしたり、プロデュース系の建築家展へ出展したりしていますが、建築設計をしているようには見えません。言っては何ですが作品と呼べるようなものを作っているように見えません。若手といわれる建築家のイベントにも行きますが作品論や互いの自慢話ばかりで、建築で生きるというような話は聞けません。このイベントも自慢話系かなと思ったりしています。参加申し込みはしようと考えています。具体的な質問に答えてくれるのでしょうか?
返信削除わからなくなってきた子より さんへ
返信削除「建築」という事の枠組みを広げてみてはどうでしょうか?技術的に良条件を整理して設計する事だけが「建築」ではない時代かもしれません。「建築」ということは、その「時代」によって変化するものかもしれません。
「けんちく」にも「ケンチク」にもなるという事です。
匿名 さんへ
返信削除人の話を聞く事で、「気付き」を得る事が出来ます。
その気付きは自らの思考を喚起して、新しい行動を起こさせます。つまり精神的あるいは身体的に何かを産むのです。
人の話を聞く事が就職に直結はしませんが、人の話の中にそういった「気付き」が盛り込まれています。そしてその気付きは自らの中の課題からうまれるものです。
大阪の中さんへ
返信削除「就職」とは、何かに従属しそれを継続していく事ではなく、ただある言葉の定義にしかすぎず、人生の節目そして生きていく為の課題をもらう瞬間でもあるという事ですね?!
貧乏学生さんへ
返信削除こういう時代だからこそ「見る」という事は大切だと思います。雇用する方も、雇用される方もその「時代」によって大きく変わります。しかし、それらをどう見るかという「見かた」の方が大事だと思います。
このコメントは投稿者によって削除されました。
返信削除建築学生さんへ
返信削除あなたにとって「建築家」とはどういう事をいいますか?
あなたにとって「建築設計」とはどういう事をいいますか?
なたにとって「設計のできる場」とはどういう事をいいますか?
ましてや「作品と呼べるようなもの」とはいったい何を基準に言っていますか?
ます、あなたの中にあるこれらの言葉の意味を時代に照らし改めて考え直してみてください。
身近にいる設計事務所の所長の下請けの図面の事や、専門学校の先生をしていること、プロデュース系の建築家展へ出展したり、彼らが作品と呼べるようなものを作っているように見えないこと、若手といわれる建築家が作品論や互いの自慢話ばかりをしていること、そういった事を表層的にとらえて悲観するより、彼らがその中でどう「建築で生きる」事とつき合っているかを考えてみてください。
躯体的な話を、つまりハウツーを求めて「建築で生きる」事など聞こえてきません。
まずあなたがこの先どう建築で生きたいのか考えてみてください。