2010年6月23日水曜日

『アニメが語り始める』トピック22

『銀河鉄道999の終着駅』

子供というのは、熱しやすく、冷めやすい。さまざまなものが流行り、飽きられていく。子供の頃の遊びでいえば、スーパーカー消しゴムにはじまり、コカコーラのヨーヨーやプロ野球スナック、ガンダムのプラモデル…、とさまざまなブームがやってきた。特急やブルートレインのシールもその一つ。なけなしの小遣い片手に、駄菓子屋へ走ったのが懐かしい。

テレビで『銀河鉄道999』がはじまったのは、その頃だ。格好いい列車がたくさん登場し、それを見たさにテレビにかじりついていたが、そんな幼稚な考えとは裏腹に、深い内容だった。哲郎は、「機械の身体」永遠の命を求め銀河超特急999(スリーナイン)号で旅する少年。ほぼ一話ごとに新たな惑星に停車し、そこで出会うさまざまな出来事が、哲郎を人間的に成長させていく。それは、教訓めいた内容だったのにも関わらず、短編で構成されていたから飽きずに観ることができ、分かりやすかった。

終着駅の惑星で哲郎は、機械の身体を手にした人間の堕落した生活や希望の持てない人生の虚しさを知る。そして、自らは生身の身体のままでいることを選択する。「限りある命」その制約があるからこそ、人は悔いのないように懸命に生きることができるのだ。

人生には、さまざまな制約がある。仕事や恋愛にも、遊びにだって思い通りにならないことがある。その時は、苦しみや悲しみを感じるだろう。でも、そこを懸命に乗り越えた先に喜びや楽しみは待っている。終着駅で良かったと思えるように、生きて行きたい。

文責:中澤博史−004469


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